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                         青島歴史

歴史的に山東半島の港は半島北部に集中し、青島は膠州(現膠州市)が管轄する膠澳と呼ばれる辺鄙な漁村に過ぎなかった。代には倭寇対策の城砦が建設され駐留する軍目当ての商人が集まったこともあった。清朝になると現在の大学路付近に青島村という寒村があり、清末期には青島口という小さな港町を形成するに至った。1859には青島口に税関分局が設けられ、1865には煙台の東海関の分関が置かれた。1891に国防上の観点からこの地に海軍の桟橋など軍事施設が建設され、翌年に登州の兵力が膠澳に駐留し、総兵衙門が青島村に置かれ、町の発展が始まった。

日清戦争後、三国干渉で中国に恩を売ったドイツ1897膠州湾一帯に目をつけ、宣教師が山東で殺された事件を口実に上陸し翌1898には膠州湾を99年間の租借地とした。膠澳にはドイツ東洋艦隊の母港となる軍港が建設された。ドイツはこの地を極東における本拠地とし、鉄道敷設権と鉱山採掘権などを通じ山東半島一帯を勢力下に置いた。青島はドイツのモデル植民地として街並みや街路樹、上下水道などが整えられ、今なお残る西洋風の町並みや青島ビールなどドイツがこの町に与えた影響は大きい。

第一次世界大戦でドイツに宣戦布告した日本1914膠州湾のドイツ要塞を陥落させて占領下に置き、1922に中国に返還した。北洋政府はここを中央政府直轄の特別行政区である膠澳商埠とし、国民党政府は1929青島特別市を成立させ、1930青島市と改称している。1938日中戦争が始まると、青島は再び日本軍の占領下に置かれた。第二次世界大戦後には青島は米国西太平洋艦隊の司令部所在地となったこともある。しかし194962中国人民解放軍が青島に入城し、中国共産党政権の支配下に置かれた。1984鄧小平時代に対外開放され、近代的な港湾都市として発展している。



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